ふくしまこどもクリニック
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サクラサク

 十数年、我が家には5匹の猫がいた。
 ゴン、レオ、シュー、チョコ、コヒゲ。
 みんな仲が良いというわけでもなかったが、それぞれ1階2階に棲み分けて、平和に暮らしていた。
 歳を取り、昨年秋にゴンが天国に逝き、最後にチョコちゃんが残った。
 正直、人気があった猫ではなく、でも他の4匹は雄猫で、チョコだけが雌猫だ。

 長男は「文系」に進み、卒業論文は「競走馬名から見た名づけの音象徴」というタイトルで、昨春から論文執筆に取り組んでいた(次男は連日、大学の実習と試験に唸っている)。
 そういうテーマであったから、親である僕は、JRAへの就職を目論んでいた。あわよくばJRAの世界進出に貢献し、タケユタカと知り合いになってもらって、世界のタケユタカと一杯酒を酌み交わすのが夢であった。何といっても僕は自他ともに認めるタケユタカファンであり、今だから白状するが、例年2月末頃に品川の某ホテルで開催されるファンミーティングにのこのこと遠征しているくらいだ。
 二年前のミーティングにはその長男と参加した。奴は別にタケユタカファンではないくせに、クイズ大会で次々に正解し、二度もタケユタカと握手してもらう、という快挙を成し遂げた。戦利品がこれである。

 突然(かどうかは知らないが)、そのウマ好きの長男が、「人の役に立つ職業に就きたい。今の僕のテーマであるところの、『競走馬名から見た名づけの音象徴』では、あんまり人さまの役に立たないような気がする」と言いだした。
 そのことについては、僕も薄々気付いていた。「競走馬名から見た名づけの音象徴」では、社会における具体的活動場所に乏しいのではないか。

 それって、馬に、ある音韻を含む名前を名付けたら、GⅠ(大きいレース)に勝つ、ってこと?
 と尋ねると、長男は事も無げにキッパリと答えた。
 「それくらいでGⅠに勝つんやったら、誰も苦労せえへんやろ?名前は関係ない。」

 彼は、卒業論文を書きつつ、4年ぶりに数学の勉強を始めた。

 今年の入試で、有難いことに某大学の合格を頂いた。その地は遠方で、なかなか簡単に帰省できないところに在るが、自らの志望と年齢とを加味し、彼は入学の意志を固めていたようであった。
 
 チョコは年老いており、日増しに食欲も低下し、何となく目力も衰えてきている。
 長男は、毎日毎日、愛おしむようにチョコを撫で、何かしらの覚悟を醸成する日々を過ごしていた。

 合格には厳しいかと思っていた大学から一次試験合格の報が届いた。当日、筆記試験の出来を聞いた際には、「取り敢えず生物が難しかった」とのことだったので、取り敢えずビール、の僕としては、雪深い彼の地での下宿探しの計画を立てていたところであった。

 さて、連休二日目の二次試験ー面接試験ーの朝、目が覚めて嫌な予感がした。妙に静かだ。

 なんじゃこりゃ!?
 
 集合はH市駅近くの大学に12時。乗る予定のバスは来るか来ないか分からない(何といっても1時間に1本だ)。まだグースカ平和に寝ている受験生を叩き起こす。起きろー!てぇへんだー。寝てる場合じゃない!!
 クルマのお尻を左右に激しく振りながら、慣れない雪道で渋滞したり追突したりしているクルマの車列をパスしつつ、駅に向かう。
 定刻に大きく遅れた路線バスとすれ違いながら、どうにか辿り着く。



 で、面接試験はどうだった?と訊くと、「キミが大学でやったことは、何か役に立つの?」と訊かれた、と。
 で、何て答えた?
 「いやあ、役に立ちません、って答えた」と。

 あのな、他に何か言い方なかったか?
 ・・・え?キミはちょと待ってて、あとで二回目の面接するから、って言われたの?

 笑ってる場合じゃないやろ?で、二回目の面接では何訊かれた?
 おんなじこと?で?・・・あ、やっぱり、役に立ちません、って言ったの?あ、そう?でも、一生懸命やって無駄なコト、って無いからね。何であっても、自分が出会った事柄に、真摯に真剣に取り組めば、将来何かきっとキミの血となり肉となるんだよ。 きっと。

 ダメか。
 あの、先生方。今更言っても仕方ないかもしれませんけど、コイツ、優しいいいヤツなんですよぉ。タケユタカファンだし。あ、ファンじゃないか。でも、いいヤツなんですってば。

 チョコは変わらずに少しずつポリポリとお気に入りのフードを食べ、ときどきニャー、と啼く。

☆ ☆

 今日、最終合格発表があった。
 受験番号 0284番。
 なかなかヒトを観る目あるやん。サクラサク。

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